まず最初に私たちは「中心エンジンである超巨大ブラックホールの活動性が活発な時期にも、本当に電波ジェットの根元は不動なのだろうか?」という疑問を抱きました。なぜなら、超巨大ブラックホール近傍から噴出される速度の異なるプラズマの塊同士が“玉突き衝突することでその衝突位置が輝く”(図3)という理論モデルに基づくと、中心エンジンの活動性が活発なときには「電波ジェットの根元」の位置が変わる可能性が予想できるからです。私たちはこの疑問を解決するため、この理論モデルから予想される位置の変化を識別できるくらい地球から近い天体を探しました。その結果、地球から約4.3億光年の位置にあり、中心領域に太陽の約3.6億倍もの質量の超巨大ブラックホールを有する活動銀河Mrk 421という天体が観測にはたいへん適していることに気づきました。Mrk 421は、電波ジェットの向きがほぼ地球に向いている「ブレーザー」と呼ばれる活動銀河種族のひとつです。私たちは、中心エンジンの活動性を反映するX線放射が活発になる時期の訪れを待ちました。
図3.活動銀河の中心付近(超巨大ブラックホール含む)から噴き出すジェットをほぼ真横から見た想像図.速いプラズマの塊が遅いプラズマの塊を追いかけて(上図),玉突き衝突したとき,衝突位置が電波で明るく輝く(下図).この電波で明るく輝く位置が電波ジェットの根元として見えていると考えられる(下図の右下は実際の観測された電波画像).下図の右下の電波画像でジェットがほとんど伸びていないように見えるのは,噴き出してくるジェットを地球ではほぼ正面から眺めているため,ジェットはこのように投影されていると考えられる.(画像クレジット:山口大学)
2011年の9月にその機会は訪れました。Mrk 421で起こった大爆発をX線の天体観測装置であるMAXI(注6)が検出したのです。このニュースを受けた直後から、本研究チームは日本国内のVLBI観測網であるVERAを用いてMrk 421の観測をかつて無い程の高頻度で実施しました。この観測ではVERAの特徴である相対VLBIという観測テクニックを用いることで100マイクロ秒角(1度の36,000,000分の1)(注7)という極めて高い位置精度で「電波ジェットの根元」の位置を測定し続けることが可能となりました。 7ヶ月の間頻繁にMrk 421のジェットの根元を観測したところ、X線での大爆発のひと月後からこの根元が大きく“ふらつき”始めたことが分かりました(図4)。このふらつきは3ヶ月程度続きましたが、驚くことにその間の根元位置の最大差はおよそ30光年近くまで達しました。これは実にMrk 421の中心に潜む超巨大ブラックホールの大きさ(注8)の10万倍に相当する距離です。
図4.X線大爆発現象発生後から7ヶ月の間VERAで観測したMrk 421の電波ジェット根元の位置.観測開始からおよそひと月が経過した後電波ジェットの根元の位置がふらつき始めているが,しばらくすると再び元の位置に戻ってきている様子が分かる.ふらつきの大きさは最大で〜500マイクロ秒角に達した.(画像クレジット:山口大学)電波ジェット根元のふらつきについて模式的に示した動画はこちら(クレジット:山口大学,CG制作:Asterisk/AND You)
電波ジェット根元の“ふらつき現象“は、玉突き衝突の理論モデルに基づくと、次のように説明できます。今回のX線大爆発時のようにブラックホールエンジンが活動的な状態になると、撃ち出されたそれぞれのプラズマ塊の速度のバラつきも大きくなると考えられます。すると、それに伴って衝突の位置が大きくばらつきます。その結果、電波ジェットの根元の位置の変化として観測されるのです(図5)。
図4.プラズマ塊同士の衝突位置の変化によって電波ジェットの根元の位置が変わるようすを模式的に示した図(左)及び観測日毎のジェットの根元の位置を示した図(右上・右下).速度の異なるプラズマ塊同士が“玉突き衝突”をすると衝突位置が明るく輝きジェットの根元として見える.左図上下の衝突位置を示している矢印の色(赤・水色)と観測データに見られる根元の位置(右図上下)の色は対応している.速度の速いプラズマ塊同士は,ブラックホールからより遠く(ジェットの下流)の位置で,速度の遅いプラズマ塊同士は,ブラックホールかの近く(ジェットの下流)で衝突して輝く.ジェットの流れに沿って最も下流で衝突した場合,超巨大ブラックホールと明るく輝く電波ジェットの根元は30光年以上離れていることが予想される.(画像クレジット:山口大学)
[1]プラズマ塊同士の間の典型的距離をブラックホールサイズの30倍と仮定した場合